毎週一冊おすすめ本をご紹介いたします BOOK LAB.
「猫語の教科書」
ポール・ギャリコ 著、灰島 かり 訳 スザンヌ・サース 写真(ちくま文庫 1998年)
猫が好きだ。好きという域を超えて存在が当たり前といってもいいほど一緒にいた。
また昨今の猫の人気は輪にかけて凄まじい。よもや数年で犬と猫の飼われている率が逆転する日がくるとは思わなかった。
猫を飼ったことのある人なら一度くらいは「会話が通じ合えばいいのに…」、「せめて愛猫の心のなかが分かればいいいのに…」と思ったことがあるかもしれない。
だが同時に言葉なんてわからなくていいし、それが乗っ取りでも生存戦略でも構わない。傍若無人で器用な丸っこい毛の塊が家族や恋人ほどに愛おしいのだ。この本『猫語の教科書』を読んでいるとそんな風にも思うのだ。作家の「私」(おそらくギャリコその人であろう)が友人でもある編集者から届けられたのは、奇妙な記号の羅列でできた分厚い原稿の束だった。
暗号のような文字列を「私」が解読していくとそれはなんと、猫が人間の家を「乗っ取って」快適に幸せに暮らすための「猫語の教科書」であった。
「書き手」である賢い雌猫は元野良猫で幼くして母を交通事故でなくし、子猫のまま天涯孤独になる、しかし、生前の母の教えをよく覚えていた彼女は人間の家を「乗っ取り」、思うがままの生活を獲得する。
これはそんな彼女が他の若い猫たちに自らの教えを継ぐための教科書なのだ…。カバーの見返しの著者近影は「著猫」近影に、メタ的に見れば著者であるはずのギャリコは編集者に徹しているなど「書き手」の猫になりきった本で、猫から見えるであろう人間の心のありさまが綴られている。
構成はさながらハウツー本で、ずばり人間の家をのっとる方法から人間がどんな生き物なのか、彼らからおいしいものを失敬するには、やってはいけないことなど、猫「が」快適に人間の家で過ごす方法が著猫の経験と解説に基づいて書かれている。
実家で猫を飼っている、あるいは飼っていたことのある人はもしかすると心当たりのあるやりとりなどが見られるかもしれない。「あざとすぎない?」、「このふてぶてしさ!」と家の中で我が物顔をして寝転がっている彼らを見るとそんな風に腹こそ立たねども、なんだか力が抜けてしまうことはないだろうか。
それらはすべてこの教科書の教えにしたがった戦略にすぎず、私たちが彼らの俎上に乗せられていたならば…訝るよりもなんだかニヤニヤと妙に嬉しい気持ちになってくる。
そう思うのは読み手だけではないだろう。何よりもギャリコ自身が猫の愛嬌の前に完全に屈服してしまっている。人間の家を「征服」した猫にギャリコ自身もまた征服されることを甘んじて受け入れている。たとえどんな風に人間を格付けられていても、そしてそれに気づいていても、どこか見ないふりをして愛玩しながら仕えているのだ。
そして「まさかうちの子が」と思う人は大抵その「まさか」の穴に嵌まり込んでしまっているのだ。
でも、もしその「まさか」がこんな小賢しくて柔らかい生き物たちに生活を乗っ取られることならそれはなんと幸せな「征服」だろうか。それは愛情なのだろうか。その感覚について「著猫」の彼女はこんな風に説いている。「人間と暮らしているといやでも学ばざるをえないことなのですが、人間はほんの少しのいいところを除くと、愚かだし、虚栄心は強いし、強情な上に忘れっぽく、ときにはずるくて不誠実でさえあります。…(中略)…でもこういう悪いこと全部にもかかわらず、人間には愛と呼ばれる、強くてすばらしいものがあって、彼らがあなたを愛し、あなたも彼らを愛するとき、他のことはいっさいどうでもよくなります。」(P.157-8)この猫と人間の関係性を支配被支配と取るか、それとも持ちつ持たれつと取るか、はたまたまったく違う関係性を見出すか。
動物と私たちの行動と感情に思いを巡らすきっかけになる本だ。文庫版には『綿の国星』を描いた漫画家・大島弓子の解説漫画も収録されている。一言では言い表せない親愛の情と別離からの回復を描いたこちらも必読だ。
書き手 上村 麻里恵
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