名寄市におけるストリートダンスの歴史 第4話
1970年代頃にアメリカで誕生したストリートダンスであるが、現在は世界各地で大衆的なコンテンツへと発展し、普及している。日本においても多くのメディア等を通じて浸透し、現在では音楽シーンやファッションにも影響を与え、子どもたちに人気な習い事の一つとして挙がり、中学校の体育における学習指導要綱の必修科目になるなど、大変身近な文化となっている。
北海道でも多くの市町村にストリートダンスのスクールやクラブが存在し、コミュニティーが多くの地域で形成されている。名寄市にももちろんダンスシーンは存在しており、そのコミュニティーは黎明期から現在まで途絶えることなく続いている。北海道のダンスシーンを語る際に、地域ごとのストリートダンスシーンに着目されることはあまりないのだが、今回は名寄市におけるストリートダンスの歴史について書いてみる。
名寄市におけるストリートダンスの始まりとして、筆者が認識している中で最も古いものが2000年代初頭に市内の高校生がブレイクダンスを始めたというものだ。これよりももっと古くにストリートダンスをやっていた者もいるのかもしれないが、この系統が現在まで続いているため、名寄市のダンスシーンの始まりとする。
2000年代初頭といえば、メディアを中心にダンスがブームとなっていた時期であり、全国的にダンサーが急増していた時期であった。この高校生たちの中に名寄市立短期大学(現・名寄市立大学)へ進学した者がおり、彼らが中心となり設立したものが現在も活動を続ける「ダンスサークルくるくる」である。ダンスサークルは名寄市の大学生や高校生ダンサーたちを中心に活動を行い、大きく盛り上がることとなる。
このダンスサークル黎明期に活動していた高校生の一人が名寄市を離れ、イベント運営等の活動を経て名寄市に開校したものが、筆者がインストラクターを務めるダンススクール「6STEPS」である。高校生や大学生を中心としていた名寄市のダンスシーンであるが、ダンススクール開校により小中学生や社会人もダンスを始めやすくなり、現在も多くの生徒と共に活動を続けている。
また、名寄市がダンス強豪区として北海道のダンスシーンに名を馳せることもあった。ダンスサークルから多くのダンスイベントでの優勝を勝ち取る者が現れたり、ダンスサークルでダンスに励んでいた高校生ブレイクダンサーの集団から、北海道を代表するダンスチームのメンバーや多くのダンスイベント好成績者を輩出したりと、強豪ダンサーを多く輩出した土地でもある。
以上が名寄市におけるストリートダンスシーンの歴史の簡潔な説明である。このように、名寄市のストリートダンスは大学のダンスサークルやダンススクールを中心として歩み、現在も続いている。人口の規模にしてはダンスシーンが根強いと感じるのだが、これはやはり市立大学の存在等により若年層が人口の割合の中で比較的多いことが要因であると推察される。少子高齢化や地方の若者離れ等、社会的な問題も名寄市のダンスシーンに影響を与えていくと考えられるが、筆者は先輩方が培ってきたこの町のダンスシーンを絶やさないように、今後も精力的に活動していきたい。
ブレイクダンスインストラクター 佐橋 朋幸
名寄新聞2023年2月24日 掲載 Web掲載日2023年2月25日
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