「わがまち」 実家の片づけかた「家業復興のミシン捨て得ず」
名寄新聞社通信員 金子
高齢化社会を迎えた今、親世代の暮らしていた家が空き家になりそのままになっていることが多くなってきています。誰も住まなくなった実家をどう片づけるのか考えなくてはいけない時代になりました。今回ひとつの参考例として美深町の佐藤智三さんの御実家の片づけ方をご紹介します。
美深町の駅前通りにある佐藤さんの御実家は築95年と歴史を感じる建物です。新しく建てられた家々の間に並んで建っていても古いながらも景色に馴染んでいるように感じられました。
佐藤さんによると20数年前から空き家になったそうです。美深の郷土研究会の事務局長でもある佐藤さんはこの家が歴史ある家の為色々集めてきた古物を展示して、私設の博物館にしたいと考えてきたそうです。陳列ケース10ケースまで揃えて準備をしていたのですが、ご自分も年をとり、多忙な毎日でもあり、家の老朽化も目立って来たので、夢を断念することにし、解体を決意されたということでした。
解体は業者さんに依頼し、そのほかに産業廃棄物の処理代とゴミの分別代などの費用がかかる為それ相応の費用がかかるそうです。
解体する前に残しておきたいものを運び出すと車庫一つがいっぱいになったそうです。その中でも佐藤さんが一番捨てられなかった大事なものが足踏みミシンとの事です。
もともと仕立て屋の店をしていた実家にあったこのミシンは、今から94年前に起こった美深の大火の際に、佐藤さんのお母さんが友達と命からがら、長い距離を運んで残した家の宝なのです。
1928年に起きたこの大火は、瞬時に美深の家500戸を消失したほどの大火でした。この時まだ13歳だったお母さんが、重たい足踏みミシンを家業の大事な道具と思い、友達と2人で火の手が来ないところまで運んだそうです。このミシンが無一文になった家業の再建に大きな役割を果たしたのは言うまでもありません。家の後始末の現実と、そこに残る記憶の断片整理がいかに大切かを教えてくれているようでした。
佐藤さんは短歌でこのミシンのことを次のように詠(うた)っておられます。
「大火時に 母十三歳が 死守したる 家業復興の ミシン捨て得ず」
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