「彫刻の問題」
白川昌生、金井直、小田原のどか(トポフィル 2017年)
本書は2016年に愛知県で開催された展覧会「白川昌生・小田原のどか《彫刻の問題》」展(以下、《彫刻の問題》展)に関連して書かれた。展示に作品を寄せた芸術家の白川昌生と小田原のどか、そして西洋彫刻の研究者であり本展の展示企画者の金井直がそれぞれ1章ずつ論考を寄せている。展示では、長崎の原爆中心地にかつて存在した「矢羽根型記念標柱」、そして現在も平和公園内に立つ「原子爆弾落下中心地碑」に注目し、その特性の再認識と日本における戦後の彫刻を論じるための足がかりとするものである。本書で3人の論者は長崎の平和公園に設置された彫刻およびモニュメントについて問題を提起する。まず、白川は広島の原爆ドームや長崎の原爆落下中心地碑をはじめとした戦後の彫刻やモニュメントの意味をめぐる歴史を提示し、特に遺構のような要素を含む彫刻ならびにモニュメントから生じる葛藤に注目している。辛く悲しい記憶を忘却するためにモニュメントを消してしまいたい気持ちと、辛い出来事であったからこそ残さなければならないという気持ちとのせめぎ合いである。それに加えて、彫刻がその場にあり続けることが記憶の喚起において非常に重要な役目を果たすことを指摘している。
小田原は長崎の平和公園にある彫刻・モニュメント群に端を発してこの国の彫刻制作の違和感について特に「台座」という観点から論を深めている。平和公園に立つ様々な「平和」像を作る彫刻家たちにとって彫刻はただ素材を何らかの偶像にするための「技術」であったのかと自省とともに問いかける。
金井の論考では《彫刻の問題》展において白川と小田原が注目した長崎の「矢羽根型記念標柱」とその撤去後に建立された「原子爆弾落下中心地碑」(平和記念公園内)について触れたのち、2人の作品の理解をより深めるために彫刻・モニュメントの歴史を振り返る。この中で金井はモニュメントが一見非常に強い権威と素材で作られているが、その実非常に世相に敏感な存在であることを指摘する。再び展示に関する長崎の事例に立ち戻り、白川と小田原の作品制作は「矢羽根型記念標柱」や現存する「原子爆弾落下中心地碑」に対し、非常に抽象的な造形を持ち、表象するものを明示しないことであらゆる意識や葛藤を内包し続けたという特性を持つということを今一度浮き彫りにしたのだと締めくくり論考は終わる。芸術・そして遺構と社会に関する問題は今までもこれからも世の中で繰り返し発生しているが、彫刻もまた無関係ではないことは明らかだ。一見街中で静かに佇んでいる彫刻やモニュメントは美術史やアートの文脈において目立たない存在のように思われる。北海道にいると、青銅でできた裸体の男女を見て「寒そうだなぁ」と薄っぺらなことを思うばかりだ。雪に埋もれない目印程度にしか捉えない時さえある。しかしながら本書では彫刻の問題は私たちのすぐ隣にあるのだ、と繰り返し喚起する。特に土地との関係は彫刻・モニュメントを考える重要な手がかりであると言えるだろう。あらゆる彫刻やモニュメントはある地点に立っている(いた)ことが前提となる。土地や国との歴史と密接に関係しているそれらは時流と人々によって様々な意味を投影され続けてきた。彫刻は揺るがぬはずの信念や願いを具現化したものであるとも言える。しかし堅牢な素材で作られたはずの彫刻はしばしば議論の的となり、撤去や破壊という結末を迎えることもある。歴史が不変ではないことに思いたれば、それらに根ざした彫刻もまた絶対的な存在ではないと悟る。
不変ではない時代背景から生まれた不安定な彫刻・モニュメントは私たちに「なぜ忘れてはならないのか」、「なぜそこに像があるのか」、「いかにしてこの造形となったのか」を問いかけているようだ。像に投影された記憶と作為が発するイメージから今私たちはいかほどのものを読み取り、そして時にそれに疑問を提示することができるのだろう。私たちの日常で「見えないもの」にすらなってしまっているそれら彫刻・モニュメントを再び目に映るものとして見るための後押しとなる書だ。
書き手:上村麻里恵
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