「洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵」
文:洲之内 徹 画:洲之内コレクション「気まぐれ美術館」(求龍堂 2008年)
多くの美術館にはコレクションというものが存在する。コレクションとは言わば「大きな塊」である。筋を持って集められた数多くの作品をもってはじめて「コレクション」となる。この本が紹介する「洲之内コレクション」は国内の個人による作品収集の中でも異彩を放っている。
洲之内徹(1913-1987)は小説家でエッセイスト、画廊「現代画廊」(現在は閉業)の画廊主、画商だ。彼は前任から引き継いだ画廊で自身の審美眼を発揮した。一方で、彼は画商の身でありながら自身で「佳い」と思ったものは決してその作品を手放さなかったという。(画商であるにも関わらず、彼はしばしば顧客に作品を売る・売らないで口論にもなっていたほどだ。)本書はそうして彼が手に入れた絵画のコレクション、そして彼のエッセイ「気まぐれ美術館」の抜粋を通して洲之内コレクションを味わうことができる。
洲之内氏のコレクションは私が見たことのある個人コレクションとは違った味わいがあるように思う。明治期の日本画壇を代表する青木繫や日本洋画に前衛表現を先駆けて持ち込んだ萬鉄五郎といった、日本美術史上重要な画家もいるが、その一方で日本美術史に明るくない私では初めてその名を聞くような画家も少なくない。作品は決して美麗なものとか、超絶技巧が施されているとか、美術史において非常に重要であるとかそういったものが集まっているわけでもない。
それでも、彼のコレクションを本の中でぱらぱらと見ていると、強烈な筆触や、自画像の目力の強さ、孤高の美しさに触れられるような気がしてくる。作品を作る人間はどうあがいても独りであるということが滲み出てきている。それらは数多の作品、そして美術史の流れの中で、無骨に生き、いつのまにか忘れ去られる可能性を濃く孕んでいるようだ。作品の持つ不器用ながらも強烈な意思、作品としての存在の危うさ、そして画家の生きたありさまを通して洲之内氏はそれらに執念と呼べるようなものを抱いたのではないだろうか。
私たちは洲之内氏のように、「盗んでも…」というほどではないにしても、どれほどに愛するもののことを考えていられるだろうか。そもそも私たちはあらゆるものをどれくらいきちんと見ているだろうか。洲之内氏は「絵が自分で語りかけてくるもの以外は、ほんとうは、私はあまり信用しない。」と言っている。作品自身から訴えかけてくるものを今日私たちはどれほどに吸収し、そしてそれらを蓄積しているだろうか。洲之内氏の生きた時代も芸術作品は大量に生まれていたが、現代は当時よりもはるかにコンテンツに溢れている。情報の洪水の中で私たちはどのように作品に恋に落ち、執念を抱くのだろう。洲之内徹のような筋の通った執念を持つことこそ、今の世を己の意志で歩いていくときに必要なことなのかもしれない。
書き手 上村麻里恵
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