ルリユール叢書 断想集
著/ジャコモ・レオパルディ 訳/國司航佑(幻戯書房 2020年)
日本で一番有名な詩と言えば、「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」から始まるあの作品ではないだろうか。
ほとんどの人が中学や高校で習い、いつの間にか知っているフレーズである。日本に国民的作家がいるように、どの国にもそんな存在がいる。今回取り上げるのは、近代イタリア文学における大詩人ジャコモ・レオパルディの遺作『断想集』だ。
まずはレオパルディという人物について紹介したい。19世紀を生きた彼の作品は、日本ではあまり知られていないが、出身国イタリアでは中学や高校などで今でも国語の教科書に載っており、イタリア文学においては同じくイタリア人作家であるダンテに次いで人気を博している。
しかしドイツ哲学や日本文学に造詣の深い人であれば、名前は聞いたことがあるという人もいるかもしれない。というのも、夏目漱石が著作『虞美人草』の中で何度も引用する作家こそがレオパルディなのである。夏目漱石のみならず、芥川龍之介や三島由紀夫など日本の文豪に少なからぬ影響を与えた。また、ドイツでは、ショーペンハウアーやニーチェといった厭世的な価値観を抱く哲学者達にも強い反響を呼んだ。
『断想集』とは、レオパルディの遺した散文集である。彼のどんな思想、どんな表現が後世へと引き継がれたのか。その真髄を見ることができるのがこの作品だ。彼が生きた市民社会への皮肉、憂き世への厭世的な思想が、堅牢で硬質な表現によって哲学的散文として綴られている。一見とっつきにくい文章に見えるのだが、食わず嫌いをしないでとにかく読んでみてほしい。そこには、現代に生きる私たちにこそ刺さる言葉が並んでいる。
例えば世間の目という窮屈な存在。子供の教育。日常的な悪意と僅かの善意。社会の中で人に囲まれて生きることの煩わしさが、あたかもルネサンス期の彫刻のように、冷たく静謐でありながらも生々しい表現で綴られる。SNSなどで誹謗中傷を目にする機会がかつてより増えた我々現代人にとって、具体的に誰とも言えない人の些細な悪意というものは避けられない。レオパルディのこの散文を読むと、そんなようなものが脳裏に浮かぶのだ。
しかし、『断想集』が厭世的な世界観だからといって、この作品を読むと後味が悪いとか気分が落ち込むということはないのが、レオパルディの文体の巧妙さだろう。事実を述べるような断定的な表現で言い切ることが多いためか、批判的な内容であってもどこかさっぱりしている。その厭世観は、どうせこんな世の中だから…と諦めるような弱さではなく、それでもその中で生きていくという強い意志が垣間見えるようだ。
仕事や勉強、人間関係で嫌なことがあった、失敗をしてしまった。そんな日、レオパルディの言葉は、現実を見据えつつ感情をニュートラルに保つのに一役買ってくれる。暗い気分でいる時には、「頑張ろう!」という明るい励ましの言葉を聞くと逆に心がささくれ立つこともあるのではないだろうか。硬質な文章ながらも、刺々しくなったあなたの心に率直に寄り添ってくれるのが、この作品だ。
書き手:小松貴海
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