色のコードを読む なぜ「怒り」は赤で「憂鬱」はブルーなのか
ポール・シンプソン著 中山ゆかり訳(フィルムアート社 2022年)
色彩というのは人の文化と切っても切り離せないものである。
近年若い女性の中でパーソナルカラー診断なるものが大流行している。自分に似合う色、印象が良く見える色というのは人によって千差万別であり、その個人差に着目して似合う色を教えてくれるこの診断は、生活やファッション、自己表現により良い彩をもたらしてくれる。
パーソナルカラー診断を生み出す前身となった色彩理論や色が見える仕組み、新たな顔料の開発など、色にまつわる研究が発展したのは意外にもここ二、三百年と、人類の歴史の中では最近のことだ。科学の進歩と共に急速に解像度の上がった色彩という概念のコード、つまりそこに隠されたものを、様々な事象から分析し読み解くというのが、本書の題材だ。
普段我々が全く意識せずに見ている色という存在が、どれだけ人の文化や歴史と密接に絡み合ってきたかを表す興味深い話が、この本では数多く挙げられている。本書を読むきっかけとなるようひとつ紹介する。
太古の昔から貴重な顔料は重宝され、その色彩の豊かさが身分の高貴さを示すものにもなっていた。古代ヨーロッパにおいては千匹もの巻貝からやっと数グラム採取できる貝紫色の染料で染めあげた濃紫の衣が王の象徴であった。陰陽思想のあった古代中国や日本では五行説の中でも中央に位置する黄色が皇帝を表す色であり、穀物の実りや昇る太陽といった豊かさを想起させる色合いだ。ヨーロッパ世界における紫も東洋世界における黄色も、どちらも王や皇帝以外の者が身につけるのを禁止された禁色だった。それほど色彩というものは絶大な影響力を持っていた。
しかし文化が変われば価値観もまた変わるということは、多様性が声高に叫ばれるようになった昨今では常識だ。東洋では最も高貴とされてきた黄色は、ヨーロッパ世界の色彩の中では格が低い色として扱われてきたのをご存じだろうか。というのは、黄色はキリスト教における裏切り者ユダの象徴だからである。黄色は裏切りや卑劣さを表す色であり、それゆえ娼婦やユダヤ人、処刑される異端者といった差別を受ける人々が身につけさせられた色であった。
ちなみに今では差別用語として使われないようになっているイエローモンキーという表現も、東洋の人々が黄色い肌をもっていることと黄色に対するネガティブなイメージが結びついたものであり、黄色人種が危険であるとする黄禍論は、十九、二十世紀のヨーロッパでは声高に叫ばれていた。
黄色というひとつの色をとってもこれほど稠密なコードが秘められている。あらゆる色にはポジティブなイメージとネガティブなイメージが同時に当てはめられる。黄色であれば、実りや太陽、幸福のイメージを持ちながらも、裏切り、軽薄さ、狂気といったイメージも同時に孕んでいる。一般的なイメージの裏には、これまでの人類の歴史が込められているということが、今回紹介したエピソードでもお分かりいただけたことだろう。
人の歩みにいついかなる時も寄り添ってきた色彩を歴史や文化の観点から考察する本書は、ファッションやアートに関係する人だけでなく、あらゆる人々にとって色彩を考え直させる足がかりとなる。色に関するちょっとした雑学を、この本から学んでみてはいかがだろうか。
書き手:小松貴海
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