エロティシズム
澁澤 龍彦(中央公論新社 改版2017年、初版1984年)
澁澤龍彦は日本を代表するフランス文学の研究者だ。今やいろんな意味で古典的に著名になった『サド』の邦訳を行った人物でもある。『エロティシズム』はそんな澁澤がエロティシズムに関する文学・芸術をはじめとする論述したものである。世に溢れる俗的な単なるエロ、そしてエロティシズムと混同されてしまいがちなセクシュアリティとは異なるエロティシズムについて、それを感じられる諸文化・諸文芸のシーンを集め、分析を行っている。2017年のこの改訂新版は澁澤龍彦の没後30周年に合わせて発刊されたもので、解説の巖谷國士によれば、この作品は60年代の文化における空気感に肉薄したものとなっているようだ。
連載形態だったものが1冊の『エロティシズム』という本にまとめられたとき、あとがきにて澁澤は自身の当時の言説とそれに対する今の自身の立場の違いに非常に驚いている。著者の澁澤ですら発行時に「現在の私の意見とは認めがたい」といっているほどなのだから、今現在の社会を生きる私からしてみればあまりにも古い考えや言葉もみられる。読者の中には一笑に付したものもいたのではないか。保守的すぎるとも取れるもの、急進的すぎて誰もかもを置き去りにしてしまう情報の氾濫を振り返ることは蔑ろにされるべきではない。氾濫の場には必ず人間が存在していたからだ。不道徳なものをただ批判したり無視したりすることほど危険なことはない。
古今東西様々な現象をエロティシズムの発露として見つめ直すことの驚きとそれらをあえて分析してみることの面白さが巧妙に入り乱れている。それらを読んでいくことはさながら思索の森をかき分けるようだ。文化や物語、歴史という生態系が繁茂しきった中に先人の言葉がある。それらの表象を拾い上げ、見つめなおすことは想像力を働かせ、深く人の心のひだへと手を伸ばす行為でもある。その場で成される対話と違い、本の言葉は相手の応答を求められるわけではない。自身の思考や著者自身の思考をじっくりと眺め、時に不可解にすら思えるものと向き合うことはある意味本でしかなし得ないことであろう。
今年2022年で澁澤が世を去ってから35年だ。没後30年のタイミングであらためて改訂されたことの意味を今一度考えながら注意深く読み直したい1冊である。
書き手 上村麻里恵
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