「木の酒」造りへの挑戦 〜日本最北のビール工場から~ 第7話
木の酒を作ること
こんにちは。ここまで醸造酒・蒸留酒と見ていただきました。今回からは遂に、新たなお酒の世界へと筆を進めていきたいと思います。
この連載の始めにも触れた通り、お酒は微生物が糖をアルコールと二酸化炭素に変換することで作られます。お酒の材料は糖である、と言ってもいいでしょう。 みなさん、木を舐めたことはありますか?かじったことは?わんぱく小学生でもなければそういった経験はないかもしれませんが、経験者の実感からして、木は甘くありません。
日本酒の原料となるお米でも、炊く前の乾燥したお米を舐めてみたとして、甘くは感じません。お米を炊いて、口の中で噛み続けると徐々に甘くなってきます。これはお米に含まれていたデンプンという糖を口の中にある酵素が糖化して、舌で甘みを感じられるマルトースという物質に変化させた結果です。
実は木材の中にもお米と同じように、舌では感じられない糖が含まれています。ということは木材も噛み続けていれば甘くなってくる、というわけではなく、木材の糖化がお米のようにいかない理由が2つあります(また「糖」と言っても、全ての糖が甘いわけではありません)。
1つは、人間の持つ酵素では木材中の成分を舌で感じられるように糖化できないこと。人間はお米の中に含まれるデンプンをアミラーゼという消化酵素でマルトースに糖化しますが、このアミラーゼでは木材中に含まれる成分を糖化できないのです。
では木材中の成分を糖化できる酵素を木に振りかけて、それからかじりつけばいいのかというとそれでもダメで、もう一つ、木材の構造という壁がわんぱく小学生の前に立ちはだかります。どのような木でもその組成はほぼ同じで、セルロース、ヘミセルロース、リグニンという3つの成分が主なのですが、このセルロースとヘミセルロースは酵素を使って糖化する事が可能な物質です。
しかしながらリグニンというもう1つの物質がガッチリとセルロース、ヘミセルロースを覆っているため、酵素がそれらに届くことができず、糖化することができません。この木材の構造を超えてセルロース・ヘミセルロースを利用する方法として、高温で煮たり、化学処理をするなど、いくつかの方法が取られてきました。そうすればセルロースとヘミセルロースからリグニンを引き剥がし、利用することが可能になります。しかしながら、そうやって処理をした木材を飲用目的に使うことは安全性に問題があったり、香りが飛んでしまっていたり、嗜好品として提供するには難しい側面がありました。そこで使われるのが、茨城県つくば市にある国立研究開発法人森林総合研究所(以下、森林総研)で開発された「湿式ミリング処理」という技術です。この技術を使えば、化学処理や高温処理をせずにリグニンの構造を破壊し、酵素による糖化が可能になります。
湿式ミリング処理ではビーズミルという粉砕装置を使い、小さなビーズの入った筒状の機械を回転させ、ビーズ同士がぶつかる衝撃により木材を粉砕するという方法で木材を粉砕します。森林総研ではこの技術を使って木材を糖化可能にする条件を見出すことに成功しました。しかし元々この技術を木材に利用することは、酒造りを目的としたものではありませんでした。
それでは、なぜこのように酒造りに使われることになったのか。森林総研では、新しい木質バイオマスの前処理技術として湿式ミリング処理が開発されました。この方法を使うことによって、これまで難しいとされてきた木質バイオマスによる安定的なメタンガス発酵が可能になるという研究実績があり、また、放射性物質に汚染された樹木を材料にしてもエネルギーとしてのバイオガスには放射性物質が移行しないことも確認され、放射能に汚染された木材の減容化も可能となり、原発事故で汚染された森林を活用する技術としても注目を集めました。
この技術ではメタン発酵でしたが、この時に使用する微生物を醸造用酵母に変えれば木材の醸造が可能ではないかという研究者の方の気づきから、木材の醸造という新たな地平が見えてきたのです。
また、この湿式ミリング処理という技術で木材の前処理をすることの画期的な部分は、熱がかからないことで香りが飛ぶことがなく、樹木の持つ繊細な香りをそのままお酒に閉じ込められるということです。これにより、杉やミズナラ、桜、白樺などの樹木の特徴が活きた新たなお酒を作る
ことが可能になったのです。
最終回となる次回は、木の酒それぞれの香りや、木の酒の可能性についてお話ししたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
(株式会社美深白樺ブルワリー・名寄新聞社通信員・野崎知真) 株式会社 美深白樺ブルワリー 関連記事はこちら
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